日本でも異文化理解が必要でした

 

 

こんにちは。しばらく更新が空いてしまいました・・・。

 

私は高校卒業してから兵庫→東京→仙台と居住地を転々としてきたわけですが、そこでいろんな人(主に学生)と接してきて1つ感じたことがあります。

 

それは、日本にいても異文化理解は必要、ということです。

同じ日本とはいえ、地域によって特徴がありそこにいる人も様々なので当たり前といえば当たり前なのですが、よく「日本人は」って一括りにされたり、そもそも異文化理解って言葉が外国人に対して使われる言葉だったりするのでなかなかの衝撃でした。

 

簡潔にまとめると、関西はおしゃべりでノリが良い人が多く、東京は多様性があって個人の受容性が高い、仙台はコミュニケーションが成立しない場合が多い、という感じです。

私個人の話なので全員に当てはまるというわけではないですが、仙台は合いませんでした・・・。仙台だけ特殊というか、東北地方って日本から孤立しているんじゃないかと思うくらい、独特な雰囲気がありました。

以下は個人的な見解ですが、なぜ仙台は特殊と感じたのかお話したいと思います。そもそも、大学はその大学独自の雰囲気というものがあるのですが、関西や東京は大学の数が多く、同じレベル感の大学も複数あるため大学間の交流が活発な気がします。一方で仙台は、同じレベル感の大学があまりないため大学間の交流というものがなく、1つの文化に染まってしまう傾向があるのではないかと思います。編入してから、ゼミで他大とディスカッションしたり合同ゼミやるなどのイベントが全くないことに驚きました。また、私の大学は東北地方だけでなく比較的日本全国から学生が集まっているにもかかわらず、その個性が消えているなと思いました。だから、ちょっとこの人違う文化持っているなと感じると、一気にコミュニケーション力が低下するんですよね。

 

合わないなと感じた理由はまだ他にもありますが、上記の点が主な理由です。コミュニケーション力って抽象的すぎて何を指しているのか曖昧ですが、とりあえず人と会話のキャッチボールを成立させることからなのではないでしょうか。

 

 

KYOKO